碧空1895 nautilus436(「私」の半隠喩)
1895 nautilus436(「私」の半隠喩)
媒体であることを償うようにコピーした(鏡や言葉の如き)「私」が抱え込んでいる矛盾は、分割しても、解離しても再生して来て、まるで断片から個体が丸ごと再生するプラナリアの如くである。
媒体であることからは何よりも懸け離れた「私」の、その矛盾は、鏡であることと鏡像であることを兼ねるようなもので、丑待ちの鏡のように見られないものが見られるようになる器官の延長としての鏡であるか、鏡を脱け出すように鏡像が解離した一対であるか、これは、鏡も鏡像も「私」の半隠喩だということである。
しかし、この、「私」の半隠喩が、丑待ちの鏡が孕むような魂の異常接近の気配なのである。


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