碧空1906 nautilus447(極薄の中間)
1906 nautilus447(極薄の中間)
鏡像になるために鏡になる躁状態は、鏡と鏡像の中間の、「私」と「私」の中間の、その極薄のブラックホールに吸い込まれるように脱け出せない究極の鬱状態の変態である。
Dracula の伝染衝動は、プラナリアの生殖の如く躁状態であるが、世界は、枯葉が水面に落ちる程の僅かな衝撃で一気に凍結し渡る過冷却現象のように、何かほんの少しの震動でいつでも世界の終わりに出る。世界がとっくに終わっていることは、鏡と鏡像の中間に吸い込まれるように脱け出せないのであるが、それは、救済なのか、破滅なのか。
というより、この破滅は救済であるというように問を禁止する何かなのである。
Dracula の棲息場所は夜ではなく夜と昼の出会う薄明であって、それは鏡と鏡像が出会う中間の隠喩であるが、そこで(極薄の中間で)「私」と「私」が出会うのである。見られないはずの「私」を器官の延長を駆使して見てしまうのであるが、殺してしまうも同然である。寂漠や独白的対話といった救済は過大な要求で、届かぬ手紙が届くような厭世も同然なのである。


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