Tuesday, June 29, 2021

碧空1943 nautilus484(引き攣った半覚醒)

1943 nautilus484(引き攣った半覚醒)  「それはアンスル・ボルンという30歳の巡回牧師で、ある日(1887年1月17日)彼は銀行から551 ドルの預金をおろし、突然グリーンから失踪、2ヶ月の間行方不明であった。この間彼はA.J.Brownと名乗ってペンシルベニアのノーリスタウンで小さな雑貨店を切りまわし、仕入れ万端を立派にやっていた。しかもこうした仕事はそれまでに一度もやったことがなかった。1887年3月14日、彼は突然覚醒して家に戻ったが、その間のことは完全に忘れていた」  献身アンスル・ボルンと分身A.J.Brown との間の深淵は、解が問に反転、変脱したアンスル・ボルンと、その解A.J.Brown との中間に(問と解が解離しない半鏡像に)吸い込まれるように脱け出せないというような深淵なのではなく、何か記憶喪失のような失踪である。(nautilus483)  献身アンスル・ボルンが疾しさとなって潜伏した分身A.J.Brown が言葉や貨幣のように伝わって通過することは、何か失われた記憶を何か思い出そうとするように義手や義足や義眼をあるいは幻肢を分身するまで延ばして(丑待ちの鏡をのぞき込むように)深淵を探る解離なのである。(アンスル・ボルンは鏡にA.J.Brown の顔が映っているのに気づかないし、A.J.Brown はいつの間にかまといついている疾しさが何なのか分からない)  日々の、いつまでも現在を脱け出せない(実は奇妙な)広がりは、同一のものと同種のものがいつの間にか変脱して広がり、言葉や貨幣のように伝わって通過する分身は、打ち消されて潜伏した霊的被写体が三つの位格(場所、後れて来る「私」、目的)となって、この世となって、分身が占めるかの如く(起こるかの如く)包む。それは、分身が何か思い出そうとして何か取り戻そうとして何か戻ろうとして焦燥しているかのように疾しさに包まれて、引き攣った半覚醒の状態なのである。  この半覚醒はまるで悔いである。

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