碧空1944 nautilus485(この世の心臓が迫る如く、罪が迫る)
1944 nautilus485(この世の心臓が迫る如く、罪が迫る)
抽象と具体の中間(半具体)に出現する分身は、焦燥なのか後悔なのか憧憬なのか区別のつかない疾しさにまといつかれて、言葉や貨幣の痙攣のように、失われたものを回復しようとして目には目を式に引き攣っている。分身の影の三つの位格(場所、後れて来る「私」、目的(後れて来る場所))には三つの気分(焦燥、悔い、憧憬)が呼応している。
時代の深々とした呼吸が地表に出ずにはいない流行歌が(痙攣的に)この世の心臓が迫る如くであるのは、まるで罪が迫るかのようだ。それは、義手や義足やあるいは幻肢を分身するまで延ばして通過する。それは、流行歌の内骨格的な心というより、外骨格的に鎧う三つの気分の収斂である。その心臓は半覚醒である。
通り魔に逢う如く時代に呼び出されて(戦慄的に)世相に出会う。その、初めてなのに初めから失われているようで何か償わないではいない世相は何か疾しく、その心臓は半覚醒なのである。


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