Wednesday, July 07, 2021

碧空1951 nautilus502(あふれ出す「私」、あふれ出す場所、あふれ出す目的)

1951 nautilus502(あふれ出す「私」、あふれ出す場所、あふれ出す目的)  「それはアンスル・ボルンという30歳の巡回牧師で、ある日(1887年1月17日)彼は銀行から551 ドルの預金をおろし、突然グリーンから失踪、2ヶ月の間行方不明であった。この間彼はA.J.Brownと名乗ってペンシルベニアのノーリスタウンで小さな雑貨店を切りまわし、仕入れ万端を立派にやっていた。しかもこうした仕事はそれまでに一度もやったことがなかった。1887年3月14日、彼は突然覚醒して家に戻ったが、その間のことは完全に忘れていた」  このfugue(夢中遊行的失踪)を何度ものぞきに戻らないではいないように、「アメリカ(失踪)」(F.Kafka)にも、鸚鵡貝の目が見ひらいている。それは、あふれ出すKの独白的対話であり、その失踪が既視感やタイム・スリップなら、あふれ出す「私」はあふれ出す場所に変脱するし、何ヲシヨウカ!というような春愁、焦燥ならばあふれ出す目的に変脱する。

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