Friday, July 16, 2021

碧空1960 nautilus511(何か声がするような人知れぬ覚醒、あるいは目眩)

1960 nautilus511(何か声がするような人知れぬ覚醒、あるいは目眩)  Wakefield!の、その、外骨格的に嘘が大気となって真が伝わる鳥瞰は、寂漠が絶滅も同然の最後の一羽の棲息する媒質であることの発見であるが、それは、この世の片隅の最後の一株も同然の野の花がマドンナとなって迫る発見の如く目眩である。(nautilus510)  一回限り「私」が乗っ取られてのたうつように天に迫る、聖母と呼ばれる何か声がするような覚醒は、神秘的な懲罰(absurdity )が迫るのであるが、それは、Wakefield!のように最後の一羽なのに火の鳥の如く天に迫る豊饒だからである。  つまり、Wakefield!の、その失踪は、のたうつような人知れぬ涸渇に見えて、巨人族のように器官を延長して窃視的に天に迫る人知れぬ覚醒なのである。それは、「アメリカ(失踪)」(F.Kafka )の、その最内奥の、オクラホマ劇場の核心へ向かうKarlを小さく小さくして乗せて眼下の激流を見下ろして驀進する汽車の、その窓辺のKarlの、その胸にしぶきを上げて迫る何か声がするような人知れぬ覚醒、あるいは目眩の如くである。

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