碧空1962 nautilus513(反転的酷似)
1962 nautilus513(反転的酷似)
タイム・スリップは、望遠、顕微、透視といった窃視を時間に移植して、見えないものを見えるようにする器官の延長の変換であるが、fugue (夢中遊行的失踪)は、見えないものになる究極の器官の延長である。それは、見えないものを見るために後れて来る「私」の手段ではなく、見えないものの目的(後れて来るはずの場所)と後れて来るはずの「私」との区別がおかされて、解離するのではなく解離しないのである。(nautilus508)
見えないものになるfugue (夢中遊行的失踪)は、言葉が、届かないものが届くために後れて来るはずの「私」の器官の延長になるのではなく、告白的な思いが届くように(しかし、まるで思い余ったかのように)口から飛び出す言葉が他の誰かから届くはずの言葉になってしまって、従って届くことにならないEchoの、その神話的な懲罰に何か酷似している。
何か酷似しているが、しかし、その酷似は反転的である。見えないものを見ようとして見えないものになってしまう、届けようとした言葉が他の誰かから届くはずの言葉になってしまう、というように制御不能なのであるが、fugue (夢中遊行的失踪)の独白的対話は、反転して、Echoは対話的独白なのである。


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