Monday, July 26, 2021

碧空1970 nautilus521(最初のもの、完璧なもの)

1970 nautilus521(最初のもの、完璧なもの)  若き日のゲーテが訪れた、荒涼とした谷間に聳え立つ教会の小会堂は丸天井をかぶせた小さな容器のようで、最初の聖者を襲った最初の光が、伝わらないのに盗まれないように保管されていて、巡礼は、その最初のものを蝋燭に写しとって、伝わらないからこそせめてコピーして保存しようとするのである。  しかし、宝物庫に鎮座する、最初の聖者や開祖の胸像は等身大であるはずなのに自らを追い越してlooming して異様に迫る。この異常接近は魂が伝わるのであるが、保存されない。  最初のものの(伝わらないからこその)保存は、しかし、何か完璧なものと感じられる。ラパースヴュール地方の、太古以来の沼地で発見された(従って沼地に保存されていた)青い泥板岩に、記憶のように小さな猪の首の真っ黒な化石が閉じ込められているのも、マルティン・シェーンの、マリアの昇天を描いた銅版画がガラスを嵌めた額縁に保存されているのも、伝わらない最初のものを償うようにコピーする多重の保存であるが、この、償いの多重性、密封性が奇妙ニモ完璧なものと感じられるのである。  1775年6月18日、またの名を三姉妹の泉というカルテン・バートをゲーテは尋ね、霧深い山頂で霧が左右に裂けて、それが額縁のようになって、最初の陽に照らし出された(まるで黙示の如く異常接近した)最初の眺めに立ち竦む。その荘厳は、最初のものを記憶や写真や記述を以て、あるいは遠近法や長目を以てコピーして保存するのではないから、完璧なものとは感じられない。

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