Wednesday, August 11, 2021

碧空1986 nautilus537(言語の焦燥)

1986 nautilus537(言語の焦燥)  その、文字を知らない言語を話す最後の一人が消えた後の、その言語は文字が保存しなくても、日本固有の個体が絶滅した朱鷺のように、種の如く龍の如く存在する。  その言語は、本質の欠如が本質であるような全体となって漂い、本質の欠如が本質であるような魑魅が窺う如く、話し始めるのである。  漂うような全体、それは、象が軽やかに漂う如く、種の夢が遠吠えのように膨れ上がる如く、実在するかのようになるまで言語も膨れ上がる。本質の欠如が本質であるような「麗子」(岸田劉生)が膨れ上がる如く言語は漂って、その、雌雄異体の気配は焦燥の如く話し始める。  つまり、その言語は、隣人ノ如ク、いつの間にか入れ替わっている。天に迫るバベルの塔が神話的懲罰であるのは、言語の本質は本質の欠如であるから種の夢(中間)に吸い込まれるように脱け出せないのである。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home