Wednesday, September 22, 2021

碧空2028 nautilus579(魘されるような「告白」の発症)

2028 nautilus579(魘されるような「告白」の発症)  孤独な散歩者が夢想するのは、孤独とは何かまるで違う、「私」を透明になるまでに小さく小さくして世界の気配が「私」の声を出すまでに、あるいは「私」の思考を盗聴するまでに覆いかける極端に私的な被監視状態である。(nautilus578)  この究極の「私」が打ち消された「私」であるのは、「私」が種の夢だからであるし、この「私」ノ発症は、その意味が同時にその形式である。  なぜ誠実を尽くして孤独な散歩者は、嘘の考察をするのか。考察をする「私(自由、孤独、思考)」が、そもそも擬態であることの、その漠とした疾しさからである。この擬態、すなわち「私」とは種の夢であるし野心であるが、その延長上に魘されるように「告白」は発症する。

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