碧空2029 nautilus580(魘されるような「存在論」の発症)
2029 nautilus580(魘されるような「存在論」の発症)
孤独な散歩者は夢を考察する。夢の場所は、偶然の夢が発症するように潜伏した形式の気配で、しかも後れて来る「私」の気配で、この、三位格複合の気配が解読されるはずの夢の意味で、偶然の夢のすぐそばに霊の如く漂う。
種の夢が、偶然この世のものとなって起こる、その次元跳躍!この世のものが占める場所となって(この世のものの影の如く)潜伏する種の夢が、しかも(この世のものに意味があるかのように)後れて来る「私」の気配である。この、後れて来る意味の気配が、影の如く、この世のものをこの世のものたらしめる。
種の夢は、「紅楼夢」の如く宿世の夢である。宿世の気配は、場所と、後れて来るはずの「私」との区別がおかされた何か疾しい漠とした意味の気配、この世のものの偶然に意味があるかのような予期の潜伏と後れて来る気配である。それは、意味の発見なのか、覚醒なのか、というより、無の発見なのか、想起なのか、あるいは覚醒なのか、魘されるようにあさましがる。
つまり、「私」を透明になるまでに小さく小さくして世界の気配が「私」の声を出すまでに、あるいは「私」の思考を盗聴するまでに覆いかける極端に私的な(「私」に面して「私」が疑わしい)被監視状態である。


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