碧空2039 nautilus590(本質の欠如の夢精の如き漏洩)
2039 nautilus590(本質の欠如の夢精の如き漏洩)
Jesus ChristやEROSは、姦通の結果であるが姦通に先立つ。忍び込む月光に照らし出されて孤独なまでにズーム・アップする、しかし余分な、余計なともいえる孤児である。
全体が個虫の振りをするzo-oid状態から身を振りほどこうとしてどう本当の姿をとっても偽りでしかない神話的懲罰に包まれた(水頭症の中の胎児もう一体分の器官や組織の如き)孤児は、自らを追い越すために余計な、あるいは本質の欠如と感じられるのであるが、そう感じないために、異性を尋ねて遠吠えるような空腹が広がる。しかも、その最終状態(良心)は、母を尋ねる遡上と収縮の旅なのである。
つまり、孤児を(正体を見られてはならない存在を)包むように呼び出す陰謀の気配は、真偽の区別を気にする世界が広がるために(この惑星の如く)潜伏した母を尋ねる旅の、その遡上と収縮の吐息が夢精の如く漏洩しているのである。
その漏洩は告白の如くであるが、告白するのは正体を見られないために(例えば、一寸法師であることを知られないために)本当の姿をとる振りをするのである。従って、鶴女房は、正体を見られないようにのぞきを禁止するのではなく、のぞくように誘惑するのであるが、それはまるで嘘でもいいから本当だと思われたい、とでもいうかのように正体が本質の欠如なのである。


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