碧空2041 nautilus592(いかなる到達でもなく、焦燥!)
2041 nautilus592(いかなる到達でもなく、焦燥!)
蛾自身にはついに見えないはずの(蛾の翅に見開く)眼状紋が見えてしまうような、「私」ノ擬態の覚醒!
奇妙ニモ、孤独な散歩者の、その自由、孤独、思考が偽りだと、その偽りが覚醒するのであれば、それは究極の告白であるにしても、それは、「私」が「私」から何よりも懸け離れた媒体性だと白状するようなものであるから、そう想起するのは「私」ではない。
鏡像の振りをする鏡は、後れて来る「私」を映し出す媒体ではない。それは媒体性であって、いきなり媒体が媒体性に(媒体性が媒体に次元跳躍するのとは逆に)跳躍する、この逆跳躍が「私」ノ擬態の覚醒!なのである。
この覚醒!は、「私」と媒体の中間、媒体と媒体性との中間に被曝するのであるから、眼状紋が見えてしまうことはいかなる到達でもなく、焦燥!である。


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