Friday, October 08, 2021

碧空2044 nautilus595(世界の終わりが、こんな景色であるはずがない!)

2044 nautilus595(世界の終わりが、こんな景色であるはずがない!)  「私」と呼ばれる擬態が匿うのは、世界の終わりである。  その隠れなさは、媒体性の覚醒、あるいは擬態の覚醒であるが、擬態は擬態が機能している限りで媒体性を隠していることを知らない。  ところで、「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」(Goethe)を初めて読んでいる、この 2021,8.31の「私」は、「恋人は二、三日の旅に出、いやな情人が帰って来る日は迫っている」という第一巻第十二章の叙述に差しかかって、既視感に襲われる。あるいは、伝達の様式がどこからともない腹話術、といったふうで、あるいは、何か盗まれているような、何か偽りのような、何か管を通されているような、いかなる到達でもない、もどかしい焦燥!  「私」と呼ばれる擬態が匿い通せなくなって、こんなふうに過冷却状態の現在が一気に過ぎ去って、世界の終わりがのぞく。しかし、世界の終わりが、こんな景色であるはずがない!

0 Comments:

Post a Comment

<< Home