碧空2048 nautilus599(最初に見た!(Mephistopheles的な反復))
2048 nautilus599(最初に見た!(Mephistopheles的な反復))
むかし昔、或るところにヴィルヘルムと、恋人マリアーネと、その情人が住んでいました。「恋人は二、三日の旅に出、いやな情人が帰って来る日は迫ってい」ました。
ヴィルヘルムの劇的表現は、「父王の妃に懸想してしまう王子」(シナリオ)に突き動かされている。この根本の枠組に矛盾しない範囲で変形しながら、女優マリアーネと、その情人との関係が、障害となって間に合わせる。ヴィルヘルムの恋を苦悶にする障害は、「街角でもう一度振り返ったとき、マリアーネの家の扉が開き、黒い人影が出て来たようで、しかし遠すぎたのでよく見ようとすると、その人影はもう闇に消えていたが、ずっと遠く、白い家の陰をまたかすめた」ような気がした、といった思いがけない景色となって一瞬の稲妻に照らし出される。
「美女と野獣」の場合、この、器官の延長が分身して障害となって姿を現わす特異点は取り消されるかのようにヴィルヘルムが障害を兼ね、魔法のかかった野獣となって姿を現わす。魔法を解くのは、旅から帰った父が最初に見た!末娘で、この、最初に見た!が決定的な婚姻色になるのであるが、見るのは、旅からの家路を望遠鏡のようにして器官を延長して末娘の父となって分身するヴィルヘルム
なのである。つまり、婚姻を阻害するためにではなく、婚姻色を決定する最初に見た!を惹起するために、というように分身の特異点は意味が逆転している。
二、三日の旅に出るのだから今夜はしぶしぶ家路につこうとするヴィルヘルムが望遠鏡を逆さにしてのぞくようにして、一瞬の稲妻に照らし出されたのはマリアーネの家の扉から出て来た見知らぬ人影であるが、その分身を通してヴィルヘルムが思いがけない景色を最初に見た!というような構図は、「私」を通してもう一人の「私」が思いがけない景色を最初に見た!しかも、見たのは最初ではなく、後れて来る「私」と途中までしかやって来ない「私」の中間に、鏡像と鏡の中間に吸い込まれるように脱け出せない既視感の転写である。
最初に見た!それは、Mephistopheles的な反復である。


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