Wednesday, October 13, 2021

碧空2049 nautilus600(Mephistopheles感染)

2049 nautilus600(Mephistopheles感染)  序数は基数の場所である。従って、最初に見た!は窃視的であるし、後れて来る「私」とは別の、途中までしかやって来ない「私」は序数の如く「誰かがいる」如く息衝き余って、最初に見た!は被窃視的であるし、互いに余計なものに似ようとする双子の霊がかかるのである。  序数と基数の関係は、問と解の関係のコピーであるから、自然数が無限であることは自然数の不安の、別の表現である。というのも、偶然の解は一になるために半分になるのであるから、無限は(あるいは、敷浪が打ち寄せる悠久は)いつまでも1にならない焦燥のコピーであるし、世界の終わりの如く既視感なのである。  つまり、「最初に見た!」に面して「最初に見た!」が疑わしいのは、「私」ノ「自由、孤独、思考」に面して「私」はいつまでも一にならない(何デモナイ!)のである。  Faust が最初に見た!はずの魂は、Mephistophelesに差し出されるというより、Mephistophelesに初めから属する。既視感は、どう本当の姿をとっても偽りであるようなMephistophelesが感染するである。

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