Sunday, October 17, 2021

碧空2053 nautilus604(隠れ場所の揮発)

2053 nautilus604(隠れ場所の揮発)  二時間もつづいて炎天下でアフリカ大平原を横ぎった後、土人は静かにタアル語で言った。  「長い間、お尋ねしようと思っていたのです。あなたが独りでこのような草原におられ、そして太陽がかように草むらの上を照らすとき、何ものかが話すように思われたことはありませんか。私が言うのは耳で聞こえるものではなしに、あなたが小さく非常に小さく、他の方が非常に大きくなるように思われるものです」  こうした「私」の揮発まで0秒の、その0の膨張は、あるいはその、どこからとも知れない腹話術は卑下なのか傲慢なのか、謙虚なのか尊大なのか。「冨岳百景」(太宰治)の「私」は、冬の早暁の厠の小窓からのぞいて37番目の冨嶽を発見したのではなく、狙撃の如くのぞいてしまう冨嶽は、剥き出しになった世界の片隅が絶対速度になって異常接近する、その、世界の終わりまであと0秒の、その0の膨張であるが、この「私」の揮発は、卑下とも傲慢ともつかないし、謙虚過ぎるし尊大過ぎる。

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