碧空2055 nautilus606(神話的懲罰、詩的懲罰)
2055 nautilus606(神話的懲罰、詩的懲罰)
ギョッとするような占拠、どこからともなく取り憑かれているような占拠、症状となって忘れてしまうような、漠として思い出そうとするような焦燥の占拠は、隠れていたものが顕れる効果に包まれるか、迫害じみた試煉であるか、つまり、真や善を装うか、ユーモアか、である。(nautilus605)
どこからともないフィリーネや、K症候群や、「父王の妃に懸想する王子」の占拠の強迫性は、脱出できない神話的懲罰であるが、脱出できるかに見える限りでは詩的懲罰に零落する。それは、世界の終わりに出る、あるいは天に迫るといった脱出不能の反復ではなく、逆転や二重性といった分身、スロー・モーションやズーム・アップといった時間拡大や大視症、独白的対話、そうした強迫的に器官が延長してしまう劇的懲罰である。
Oedipus に取り憑いた強迫は、オマエハ誰ダ!という問、誰でもなくなっていく焦燥であるが、その神話的懲罰は、Sphinxに呼び止められる独白的対話や、悪疫の猖獗となって姿を現わした罪をズーム・アップするとOedipus の顔をしているので驚くというような詩的懲罰となって零落する(償うようにコピーされる)。
象のように軽やかに漂うスロー・モーションを羽織ったJesus Christの、その器官の延長が極まったストップ・モーションは記憶喪失まで0秒の、その0の膨張(隠れなさ)であるが、その、隣人となって姿を現わす失踪(暴かれなさ)は詩的懲罰である。


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