碧空2121 nautilus672(真実らしさに包まれて償われる)
2121 nautilus672(真実らしさに包まれて償われる)
高見山大五郎が日本国に初めて降り立ったその日、東京地方は寒く、雪が降っていた。嗄れ声の、この、常夏の島から来た若者が白い息を吐きながら最初に覚えた日本語は、寒イ寒イだった。
街角を折れ曲がるようにして、挿話は、イヌが不意に立ち止まって振り返るように、忽然と目を見ひらく。この純粋な経験が真実らしさに包まれて、忍び声を白い息のように洩らすのである。
霊的責めは次元跳躍して具体となって償われるが、その、悔やまれるほどの取り返しのつかなさは真実らしさに包まれて償われる。しかしそれは、あざむかれると区別がつかない。
具体の喪失を償うのに、目には目を式に同種のものを以てしても、牛や羊などの財を以てしても、貨幣や言葉や地位といった媒体を以てしても、刑罰を以てしても埋め合わせられるものではなく、選リニ選ッテ、ただ真実が知りたいなどと真実がまるで償うかのように扱われる奇妙さは、実は縁起があって奇妙ではないのであるが、それは時間の如く、償うのか、あざむくのかは分からない。
生命をつなぐことはそもそも、償うようでもあざむくようでもあるし、懲罰のようでも救済のようでもある。


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