Wednesday, January 19, 2022

碧空2147 nautilus698(柔らかな靄、戦くような靄)

2147 nautilus698(柔らかな靄、戦くような靄)  Jesus ChristとYahwehの場合、問と解の関係は罪と罰の関係に変形している。罪は霊的で、罪は姿を現わすために罰となって姿を消すのであるから、種の夢と自然の関係の如く問が姿を現わすために解となって姿を消すmetamorphosis の変形に見えても、姿を現わすために姿を消すmetaphorの奇術は、贖罪の如く救済の如くなのである。  釘づけの磔刑の十字上の、その奇術は羞恥と畏怖の萌芽を漏らすが、優柔に包まれてもいる。例えば「人生の夕暮れ」が、柔らかな靄に包まれるように。  その靄は、夕暮れが境界的であることだけから包みかけるのではなく、隠喩の構造の、その二重性の魅惑である。例えば「夜明け前」が何か出発前の武者震いに包まれて魅惑するとすれば、その魅惑の核は隠喩の二重性であって、その激しさには戦くような靄がかかっている。

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