Tuesday, February 22, 2022

碧空2181 nautilus732(罪と贖罪の中間)

2181 nautilus732(罪と贖罪の中間)  EROSもOedipus も、Jesus Christも「私」も、罪と贖罪の中間に吸い込まれるように脱け出せない。無意識は、疫病の如く人の姿をして伝染する罪であるが、その隷従的な身体は、罪の霊的気配とは反対の具体がかった贖罪となって贖罪ではないかの如くあざむく。  罪と贖罪の中間の、その、罪と贖罪が解離する効果が、後れて来る意識と遠近法である。この意識と遠近法は何か覚醒の如く曇りないが、自らをあざむく。この、不覚にもあざむく意識は、罪と贖罪の中間の、その、罪と贖罪が解離しない隠れなさ(nowhere to hide )とは何かまるで違う。  意識の曇りなさは隠れなさを躱す如くであるが、不覚にも無意識がかかっている。Tolstoy の如く躁ぐように意識が次々と涌き出すように再発しても、意識は呪術と比喩と目的の間で呪術から比喩へ、比喩から目的へ、目的から呪術へ躁ぐように次から次へと離脱して次から次へと躁ぐように償う。無意識がかかるとは、場所と「私」と目的の三位格が解離しないで迫るのである。

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