碧空2204 nautilus755(不安な虚構)
2204 nautilus755(不安な虚構)
既視感からの回復に見える日常は何ら回復ではないし、既視感こそは回復であるというのでもないが、既視感(レプリカの気配)を消すことは日常の野心であって、しかも日常とは習慣的、反復的な、まるで一回限りではないかのような技術(不安な虚構)なのである。
日常は既視感を消すのであるが、その、打ち消しは打ち消されたはずの既視感を償うようにコピーしてしまう。この、まるで何も変わっていないかのようなまがいものが、日常である。一体、日常の目的、というようなものがあるだろうか。
問と解が解離しない既視感からの回復を装う日常は、問と解が解離するに過ぎないから、日常が回復であるかのように見せかける日常ノ技術(不安な虚構)が、呪術や比喩と区別のつかない目的なのであるし、この目的は日常ノ仮面の、その三位格(場所、後れて来る「私」、目的)の、次々と離脱して次々と償う、その位格の一つとしての目的である。


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