碧空2205 nautilus756(伝達するかのような、気休めとしての日常)
2205 nautilus756(伝達するかのような、気休めとしての日常)
伝達はまた日常ノ技術であるし、不安な虚構であるから、津波に根こそぎ日常を奪われた人々がたあいもないおしゃべりをいとおしむのは、たあいもないといって目を背けている不安な虚構を不安な虚構であってもたあいもないといってとり戻したいのである。
これは気休めであるし、独白的対話!良心や精神といった無意識が姿を現すために悪や偽といった症状となって姿を消すような(ニルスが百年に一度姿を現す都となって姿を潜めるような、あるいは猖獗を極める悪疫となってOedipus が話すような)独白的対話!である。
日常ノ伝達すなわち日常という伝達(伝達するかのような)日常は、日常ノ目的すなわち日常という目的(目的であるような日常)である。この、日常と伝達や目的とを結ぶノが同格なのか比喩なのか区別がつかない(瓜二つであることの)不安な虚構は、伝達まであと0秒の、目的まであと0秒の、その0の膨張である。
それは、奇妙ニモ、目的は後れて来る場所となって、場所は後れて来る「私」となって、「私」は後れて来る目的となって、次々と償うような気休めである。


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