Wednesday, May 25, 2022

碧空2271 nautilus822(縺れ合うmetaphorの気配)

2271 nautilus822(縺れ合うmetaphorの気配)  「トリストラム・シャンディの生涯と意見」(L.Sterne)となって償うようにコピーされた、矛盾に震える「私」の失踪は、トリストラムが、トリストラムに受胎告知が迫る如く受胎告知に肉薄したくて、歌うように、夢精のように遠吠えてしまうのである。  その肉薄は、問に導かれた解が問に反転して償うように導く、その永遠機関に身を委ねるのであるが、それは、後れて来る「私」の遠近法からは不断の脱線あるいはMOON WALK に見える。しかし、何か持ち出すや取り消さないではいない展開に見えても、それは、「媒体を通さなくてはならない宿命」につきまとわれて独白的対話や受胎告知の探究から逸脱できないのである。  トリストラムは、1718年3月の第一日曜日と第一月曜日の間に耳を欹てては、身の疼きが陰唇から口唇に転移して、いつもと違って時計の捻子を巻き直す音がしなかった!と訴える、その、母が鳴らす口笛に受胎告知を突きとめる。1759年3月20日午前9時から10時の間に耳を澄ませば、変わり易い天候の精で人物の変異も異様に不揃いになるのは雨の日のつれづれを埋め合わせるためである、などと憤然として気まぐれなトリストラム流の新説は、二階のあっちこっち走り回っている物音はいったい何だ!と父が鳴らす口笛が夢精となって、metaphorの気配が何重にも縺れ合うのである。

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