碧空2327 nautilus878(祝う如く、あるいは呪う如く迫る肖像、足跡)
2327 nautilus878(祝う如く、あるいは呪う如く迫る肖像、足跡)
Shandyと呼ばれる無意識を即興的に満たしてTristram が一つになるために半分になって肖像が薄気味悪く迫るのはTristram がmetamorphosis だからであるし、Shandyが姿を現わすために姿を消して(あるいは、告白するために沈黙して)肖像が祝うのはTristram がmetaphorだからであるし、個々のShandyを同じと見なして肖像が支配するとすれば、それは、Shandyがcategoryだからである。
ユトレヒトの取り決めに落胆した叔父トウビーが「静けさ」のあとに「沈黙」を従えて居間に入って来て、その頃までにはすっかり落胆し切ってマントを頭の上からすっぽり被ると、叔父の隣の安楽椅子に「無気力」がしまりのない体つきとうつろな目をして音もなく腰をおろす。(「The Life and Opinions of Tristram Shandy,Gentleman」第六巻第三十六章 L.Sterne)
こうした何か別にあるかの如く漂うectoplasm は、それ自体が後れて辿る如く受肉する言霊であるが、状態と位置が解離しているのではなく、この、解離しているかに見える叙述は、状態と位置の中間に迫ろうとするホメロス的な分節の試みである。しかし迫るのは、状態と位置の中間である。それ自体が後れて辿る如く受肉する肖像が、呪う如くに迫るのである。
湿地に残されたOLD BEN の、その誘うような足跡は、その窪みに水が滲み出て来てたちまち足跡を崩しながらずっと続くようにして、いつの間にか見失うかと思うと空中から生ずるようにして、まるでそれ自体が後れて辿るというようになおも続く。(「The Bear」W.Faulkner)


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