碧空2339 nautilus890(待ち侘びる苦悶、尋ねる苦悶)
2339 nautilus890(待ち侘びる苦悶、尋ねる苦悶)
死は極端に私的な究極の「私」(秘め事)であるが、死体は極端に公的な究極の「私」(狐憑きや類や生首の如き「私」の剥奪)である。義経を首実検に晒さないで蝦夷へ逃がし、さらには韃靼へ渡ったことにしないではいない人々の、その胸騒ぎは、そのようにして死まであと0秒の、その0の膨張である。それは、人々の鏡像である。
作品は死体の如くして、異常接近する死という死の、その光る秘め事の除去まであと0秒の、その0の膨張が原作である。つまり、いつまでも原作にならないのである。
それは、死と死体の中間、私的metaphorの零度の集積なのに原作の振りをして、誰かが異常接近して通りかかるのを待ち侘びる鏡像の如くである。
失われた記憶が光るのを異常接近して尋ねる苦悶、すなわち盗まれていると感じる嫉妬は、身代わるからである。身代わる限り、この嫉妬は、秘め事が埋もれないように救済するのであるが、秘め事の除去なのではなく、究極の「私」の、その双極の区別がおかされて何か究極以上なのである。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home