Thursday, November 03, 2022

碧空2433 nautilus384(この世の光4 there are none)

2433 nautilus384(この世の光4 there are none)  個と種の解離は時間の展開、後れて来る「私」の遠近法に包まれる。「私」はアッシャー家ノ屋敷(属格)を探しているのにアッシャー家ノ屋敷は(属格、同格、喩格の収斂)「私」を探しているようではない、というように潜伏する場所は誰でもなく、しかし「私」は呼び出されていて、呼び出されているのに誰もいない、というように絶妙に後れて来て、何か妊娠状態の(「誰もいない」に「誰でもない」が貫入する)there are noneを、個と種の中間を忘れていられる。  それは、アッシャー家ノ屋敷(the House of Usher)が後れて来る「私」の遠近法に包まれて、「誰もいない」と「誰でもない」の区別がおかされた二重性(シャムの双子状態、あるいは妊娠状態)の解消である。  幽霊の出そうな場所が迫るのは場所があふれ出してゴーストがかかる何か孕むような状態であるが、幽霊が出そうな場所に迫るのはゴーストが場所となって潜伏して妊娠状態が解消するのであって、何かまるで違う。アッシャー家ノ屋敷を尋ねることは、この両極の間に振動する混乱なのである。

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