碧空1498 nautilus449(「there are none」にかかる「誰かがいる」)
1498 nautilus449(「there are none」にかかる「誰かがいる」)
個が種を代表する交配の興奮と、世界の広がりを代表する片隅の眩暈(寂漠)と、個が全体を代表する権力の眩暈との間の、その位置異常(ectopia )の変態は、metamorphosis とmetaphorとcategoryとの間の変態に対応している。
寂漠は、大気がmetaphorなのであるが、日常性からすれば、大気がmetaphorに罹っているというふうだ。日常の、一回限りの日々の最新性の、その、世界の広がりの反復性は、復活を打ち消すまでにコピーした変態である。つまり、片隅のJesus Christの発見(の頓挫)の変態、すなわち範疇の支配である。
既視感は、世界の広がりと交配の興奮を同じと見なすcategoryすなわち復活に罹っている。範疇の支配なのに範疇を逃れる変態のun-copy 、日常の、その、解離した最新性と反復性が解離しないで、metaphorに罹るのである。「誰かがいる」レプリカの気配が、「誰もいない」と「誰でもない」を同じと見なす復活の範疇(there are none)にかかるのである。


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