碧空1534 nautilus485(何ものかが話すような修道院の襞や波紋)
1534 nautilus485(何ものかが話すような修道院の襞や波紋)
今を主張する幽霊船が、その今が過ぎ去るまであと0秒の、その0の膨張であるような独身号であるように、修道院は隠れなさを躱せない。
二時間もつづいて炎天下でアフリカ大平原を横ぎった後、土人は静かにタアル語で言った。
「長い間、お尋ねしようと思っていたのです。あなたが独りでこのような草原におられ、そして太陽がかように草むらの上を照らすとき、何ものかが話すように思われたことはありませんか。私が言うのは耳で聞こえるものではなしに、あなたが小さく非常に小さく、他の方が非常に大きくなるように思われるものです」
草むらの上を照らして何ものかが話すような、異性と場所を同じと見なす「私」の危機を、レオナルド・ダ・ヴィンチが緋色の衣裳の豪奢な襞や渦に仕立てるように、修道院の奥行は密度を深める。その日々は何ものかが話すような修道院の主の襞や波紋である。


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