碧空1535 nautilus486(同毒療法的に「私」の危機を鎮める)
1535 nautilus486(同毒療法的に「私」の危機を鎮める)
二時間もつづいて炎天下でアフリカ大平原を横ぎった後、土人は静かにタアル語で言った。
「長い間、お尋ねしようと思っていたのです。あなたが独りでこのような草原におられ、そして太陽がかように草むらの上を照らすとき、何ものかが話すように思われたことはありませんか。私が言うのは耳で聞こえるものではなしに、あなたが小さく非常に小さく、他の方が非常に大きくなるように思われるものです」
草むらの上を照らして何ものかが話すような、異性と場所を同じと見なす「私」の危機を、レオナルド・ダ・ヴィンチが緋色の衣裳の豪奢な襞や波紋や渦に仕立てるように、修道院の奥行は密度を深める。その日々は何ものかが話すような修道院の主の襞や波紋や渦であるが、それは(エロヒムの棲処に被曝して模写発作的に)洞窟の遠近法の如く母性の襞や波紋や渦が「私」の危機を鎮めるのである。
「審判」や「城」や「アメリカ(失踪)」(F.Kafka )の見透せない奥行あるいは隠れなさは、幽霊船独身号の三体である如く、分身した三体の修道院の襞や波紋や渦に繰り返し迷い込むというふうだ。しかも、この失踪(あるいは nowhere-to-hide)は、ELPIS である。同毒療法的に「私」の危機を鎮めるのである。


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