Friday, March 03, 2023

碧空1552 nautilus503(エラーとしての魂)

1552 nautilus503(エラーとしての魂)  鶴女房の機織る姿は産褥のようなもので、孕むような個と種の交配の変奏である。つまり、その光景をのぞき込むことがノスタルジーであるのは、「私」の「私」の浮上、すなわち解(個)としての「私」と問(種)としての「私」の交配から、初メテデアルノニ初メテデハナイ既視感(贋の追想)なのである。  それは、通俗の語彙に解消した既視感とはまるで懸け離れていて、種の経験があふれ出して迫るのであるが個の経験としては贋の追想に留まるのである。この種を、魂と同じと見なすのは個と同じと見なすようなものであるから、エラーである。  個と種を同じと見なすcategoryは、この、エラーとしての魂である。

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