碧空1559 nautilus510(増殖する「私」の自由落下)
1559 nautilus510(増殖する「私」の自由落下)
打ち消すまでにコピーする憧憬の、その、何か届かない焦燥のun-copy ノスタルジーは、増殖する「私」の、「私」でなくなる胸騒ぎである。断食明けの断食芸人が着地はこれからだというように足掻く如く、「私」の「私」の浮上は「私」が底に着かない。「私」の着地まであと0秒の、その0の膨張なのである。
それは、世界の終わりまであと0秒の、その0の膨張である場所の場所の浮上と瓜二つである。
寂漠と既視感が襲う大航海時代は、その前夜も、増殖する「私」の自由落下である。
咸平五年、建州ノ海賈周世昌風ニ遭ヒテ漂ヒ日本ニ至ル。凡ソ七年ニシテ還ルコトヲ得タリ。其ノ国人滕木吉ト至ル。上、皆之ヲ召見ス。世昌其ノ国人唱和ノ詩ヲ以ッテ来リ上ツル。詞ハ甚ダ雕刻ナレドモ膚浅ニシテ取ル所ナシ。・・・上、滕木吉ヲシテ持スル所ノ木弓矢ヲ以ッテ挽射セシム。矢遠キコト能ハズ。其ノ故ヲ詰ルニ、国中、戦闘ヲ習ハズト(宋史日本伝)
ゴロブニン船長の松前幽閉が解けたその年、ペテルスブルグの都から日本国への贈りものは、一個の時計だった。それは、発条を充たせば、川の如きものが横に流れ、馬首が出て来て水飼う工夫だった。
騾馬は、昔は支那より西に限られた。
柑橘の豊麗な地中海の処々には山が岸浜まで迫っていて、冬なお温和な白い浜と山の中腹の白い家並とを結ぶ坂道を、荷を振り分けた驢馬がひねもす往来している。その頃、山向うのローヌの平野には、ミストラルと呼ばれる北風が吹き荒れているという。(「洩れる白い息」繞々乎第11号)


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