Monday, April 10, 2023

碧空1590 nautilus541(この世のものを尋ねて魂に出喰わす)

1590 nautilus541(この世のものを尋ねて魂に出喰わす)  日常性の如く「私」や「家」も、個と種を同じと見なすcategory(1=0.999・・・ )に覆われて、すなわち魂を鎧う限りで、奇妙ニモ、エラーであることを忘れていられる。  日常性の如く「私」や「家」も何か一貫して不変に見えるのは、個と種を同じと見なす魂を鎧うからである。「私」と「家」は日常性の、その、最新性と反復性に対応するが、「私」も「家」も魂を鎧って何か一貫して不変なのである。  言葉というものは、この魂(1=0.999・・・ )を打ち消すまでにコピーする憧憬である。従って、個々の言葉のun-copy は、時あってこの世のものを尋ねて魂に出喰わしてしまう不思議なノスタルジーに襲われるのである。  この、魂に出喰わしてしまう言葉のun-copy は個と種を同じと見なすcategoryに出て、Narcissus がnarcissus (水仙)に変身してしまうような戦慄が襲う。ナルキッソスの場合、個と種の次元跳躍的関係は異種の間であるから混乱していて、ナルキッソスが罪深い姿を現わすために水仙となって姿を消すmetaphorは、救済のようでも贖罪のようでもあるし、もしや、どのnarcissus にもNarcissus が転身しなければならない!とすれば、それはもう果てしもない拷問であるが、どうなのだろう!

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