碧空1636 nautilus587(まるでもっと真実!2)
1636 nautilus587(まるでもっと真実!2)
一体、タイム・スリップするような衝撃は、まるでもっと真実!というふうな覚醒であるが、それは、慣れ切った心臓の鼓動が唐突に中断して、まどろんでいた絶対の静寂が別の鼓動を起こす!というようだ。
日常と呼ばれる環境が、1まであと0秒の、その0の膨張に呑まれる。1と0.999・・・ を同じと見なして1と0.999・・・ が解離する日常と、1と0.999・・・ が解離しない無常は瓜二つであるが何かまるで違う。日常は、新奇なものに向かって時を刻むような実直な前進と好奇心が、平均的なものの反復と保存に退屈、解消する。
個と種を同じと見なす範疇が日常の、その秩序であり、社会的に範疇を組織した分業(器官の延長)と、アメーバの如く異物を取り込んで消化しようと偽肢を伸ばして咥え込む獰猛な種の好奇心の静かな広がりが、平穏な日常の、その基盤である。日常は、ETの目には、大都会のイルミネーションが蜘蛛の巣の如く野生の灯に見えるように、自然である。
日常の崩壊は、この生態の、その静かな広がりが破れるのである。不断に種が猛威を振るい、いつの間にか個は取り返しがつかなくなっていて、しかし個の好奇心は徐々に衰弱するのではなく、いきなりタイム・スリップする如く、種の好奇心の媒体であることが別の鼓動を起こして、まるでもっと真実!というふうにのぞくのである。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home