Tuesday, June 27, 2023

碧空1867 nautilus618(魘される「私」、日常性に潜む入れ墨)

1867 nautilus618(魘される「私」、日常性に潜む入れ墨)  「私」がタイム・スリップするかのように魘されるのは、「私」とは誰かが通った道、しかも連続の中止であるように続く道だからであるが、この、「私」を包む、というより「私」が鎧う矛盾、葛藤(個と種が解離しないレプリカの気配)は、最新性と反復性に解離して日常性を展開する。  それはまるで「私」が鎧う葛藤が、世の中に投写されて、というより世の中となって写されて、矛盾や葛藤が分割され、忘れていられるというふうだが、何度ものぞきに戻らずにはいない最新性に潜む一回性は、脅かしかける入れ墨の如くいつでも体表面に浮かび上がって来る。  (個と種が解離した)日常性は(個と種が解離しない)レプリカの気配を打ち消すまでにコピーする憧憬であるが、二度と再び戻れないといった入れ墨が潜んでいて鸚鵡貝の目や、あの、掌を釘づけにされた十字状の展翅の如く何度ものぞきに戻らずにはいないのである。

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