Wednesday, August 02, 2023

碧空1903 nautilus654(偶発的なcategory)

1903 nautilus654(偶発的なcategory)  ハンスは屋根裏部屋でもう一人のハンスを発見するか(F.Kafka )、あるいはタイム・スリップして、自由が媒体性を打ち消すまでにコピーする憧憬であることの、その矛盾、葛藤、焦燥が開眼することになる。  自然は連続の切断、偶然の個となって種の夢を打ち消すまでにコピーするmetamorphosis であるが、作品は自然の切断、都会の灯が他の惑星から訪れたETには野生の灯に見えるように、metamorphosis をコピーして自然が姿を現わすために姿を消すmetaphorである。  打ち落とされて転がる三島由紀夫の生首は、そうした自然の切断、不自然で奇怪な作品で、自乗すると-1であるような三島由紀夫を提喩的に代表する部分という以上に、三島由紀夫と漠として呼ばれる無意識の切断(metamorphosis )にして、無意識の断面(metaphor)である。  しかも、諸作品は転がる生首、首実検のようなものであるから、密室に転がった生首、写真撮影されて一体饒舌なのか沈黙なのか分からない生首は、諸作品が属することになるcategoryであるし、諸作品の生産装置でもある。それとは知らずに、首が転がる練習を積んでいるのである。  この生首は、偶発的なcategoryである。というのも、太宰の諸作品は土左衛門の練習であるし、川端の諸作品はガス中毒の練習、夏目の諸作品は吐血の練習なのだろうから。  こうして屋根裏部屋のハンスは、metamorphosis とmetaphorの二重性の、自然と作品の二重性の開眼にして、しかも、三島由紀夫の生首の如く、カフカを要約するcategoryなのである。

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