碧空1947 nautilus698(人殺し)
1947 nautilus698(人殺し)
人殺しは、他の誰かを消して、その他の誰かになる(あるいは、その他の誰かに取り憑かれる)演劇的な自然なのであるが、それは、♀のコブラが♂のコブラを呑み込んでいって♂のコブラになる如く、生殖の断面である。
カインの弟殺しは、瓜二つの弟を消して瓜二つの弟になる(あるいは、瓜二つの弟に取り憑かれる)変態であるが、ヤーウェは瓜二つの弟アベルが何処にいるか知らないはずはなく、知らない振りをしてアベルの居場所を尋ねてカインをうろたえさせる。アベルはカインの鏡像となって取り憑き、ココニイマス!と白状しているのだから、ヤーウェの意地は悪い。しかし、この意地の悪さは、カインの疾しさの(すなわち、疾しさとなって場所の如く潜伏したアベルの)反映である。
Jesus Christ殺しは他の誰かがJesus Christに取り憑かれる復活である。それが誰であるか韜晦するのは、その誰かになるまであと0秒の、その0の膨張が、疾しさとなって潜伏する世界そのものだからであるし、この被監視状態は隠れなさだからである。
人殺しの、その責めを個に尋ねるのは、この演劇的な自然のエラーである。


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