碧空3022 nautilus1365(後れて来た「金閣寺」炎上)
3022 nautilus1365(後れて来た「金閣寺」炎上)
林養賢、この仮初めの塵の、この世の歩みは吃るように拙い。しかし、高らかに歌うときは吃らない。地下に展開する下水道の如く、組み込まれているだけでなく足されさえして枝分かれして錯綜するプログラムの、その翻弄の渦を打ち消すまでにコピーした秘密の症状あるいは隠喩としての「金閣寺」の、その炎上は、その朗吟であって、それに至る段取りに迷いはなく、というより吃音は息み、雨降る左大文字に登って炎上を眼下にするのも高らかである。
林養賢として呼び出されている偶然の「私」は、不吉な名を鎧う母志満子の器官の延長に過ぎないから「私」の告白の遠近法を確保しようとすると失語しないまでも、魔法にかけられたように吃るのである。取り調べを受けている養賢との面会が叶わずに舞鶴成生へ空しく帰る志満子が、山陰線の列車から保津峡に身を躍らせたのは思いがけない衝撃である。しかしそれは(というより、従ってそれは)漠として思い描いていた解放であって、器官の延長であることと吃音の終息である。それは、後れて来た「金閣寺」炎上なのである。


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