碧空3059 nautilus1402(metamorphosisの途中10)
3059 nautilus1402(metamorphosisの途中10)
天使は種と個の中間の表現であるが、天使が迫るマリアの図に満ちる、えたいの知れぬ憂愁は、天使を打ち消すまでにコピーする憧憬と区別がつかない。壊れかけたマリアは、果たして羽が生える。「魚服記」(太宰)の滝壺を遡上する小娘に大蛇が迫って、果たして小鮒になるように。
大蛇は種と個の中間の表現であるし、小鮒は小娘を抱き竦めるえたいの知れぬペシミズムの表現であるが、それは、開いた傘を振り袖の片手に持って清水の舞台から決然と空中に身を躍らせる少女の姿態(鈴木春信)や、いつか会うはずの人の顔を写し出すというので丑の日の丑の刻に誰もいない部屋を呑み込んだ鏡をのぞき込む少女の秘密な吐息(泉鏡花)と、青い水脈を通じている。大蛇が貫通しているのである。
こうした髭をピンとはねた小鮒や、少女の龍騎観音も同然の姿態や秘密な吐息はスロー・モーションを羽織っている。八百屋お七の壊れかけた所作を人形浄瑠璃仕様の人形振りで見得を切るような時間の拡大に罹っていて、劇的なのである。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home