Wednesday, February 07, 2024

碧空3090 nautilus1433(範疇の危機に面して、擬死の如き何か麻痺のようなもの)

3090 nautilus1433(範疇の危機に面して、擬死の如き何か麻痺のようなもの)  種と個の中間の「私」がそうであるように、twice-told-ness の言葉もいきなり贖罪で、言葉が予期する世界の広がりは雌雄異体の気配であるから、それに感応して、言葉の原罪を尋ね、あるいは言葉を雌雄に分類する試みは、自然とはいわぬまでも恣意的ではない。  しかし、多くは雌雄の中間である。この中間性は、半陰陽とは何か違い、美女と野獣を交雑して異種を胴体とするケンタウロスが「私」の孕む矛盾の隠喩である如く個と種の中間なのである。  この、言葉がケンタウロスの如くである、その中間の魅惑は言葉が疑わしくなる言葉の危機であるから、擬死の如き何か麻痺のようなものから分割して面白味に変容する。言葉は、魅惑と面白味の間に振動するのである。擬死の発作疲労から面白味は減衰するが、退屈は程度の差でしかなく、魅惑は絶対零度(程度の取り消し)である。  ケンタウロスの魅惑に被曝すると何度ものぞきに戻らずにはいないが、1や「私」やJesus Christの壁に写る影がケンタウロスであるのに、ケンタウロス!と叫んでも1!や「私」!やJesus Christ!が口唇から飛び出してしまうECHO、あるいは、ケンタウロス!と叫ぶと「私」もJesus Christも豚も鳩も月桂樹も珊瑚も兵士も悪党も悉くケンタウロスになってケンタウロスを使いこなせない言葉の危機は、違うものを同じと見なす範疇の危機に面して擬死の如き何か麻痺のような言葉の危機を以て発作的に模写してしまうのである。

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