碧空3103 nautilus1446(隠れなさ(nowhere to hide )、どこからともなさ)
3103 nautilus1446(隠れなさ(nowhere to hide )、どこからともなさ)
Jesus Christの反直観性に麻痺することは、どこからともない日常性の確保であって、導く力が日々の習慣や代々の生業といった命令に変容するのである。従って、日常のたたずまいの背後は至るところ伝道を飛び越えて、Jesus Christが出没することになる。
ケンタウロスや鶴女房の魅惑にかかる麻痺も、どこからともない日常性の真実味や面白味に魅惑が半減するのである。日常性は私的な遠近法を他の誰かのことにする(あるいは、誰のものでもなくする)魔術的転移であるが、この、どこからともなく秘密でなくなる転移は、隠れなさの半減である。それは、隠れなさ(nowhere to hide )とは何かまるで違って、世界の終わりまであと0秒の、その0の膨張であるから、世界の広がりがまるで増えるかのようにどこからともないのである。
Jesus Christやケンタウロスや鶴女房を夢のように(夢の技術を駆使して)思いつくのは、こうした魅惑と魅惑の半減の間、どこからともなくである。


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