Saturday, May 18, 2024

碧空3191 nautilus1534(世にも珍しい昆虫の如き闖入)

3191 nautilus1534(世にも珍しい昆虫の如き闖入)  誰かの吐息がかかる復活を尋ねるのは、「私」が出来事であると同時にもう一つのものである戦慄に、それと一つに於いて、他の誰かのことが「私」のことになる不気味に、迫るのである。  同一のものであれ同種のものであれ、この世のものは平均値である。「私」は平均値であるし、この世のものなのか疑わしいが「私」の隠喩であるJesus Christは、「私」に迫る平均値である限りで目撃を許す。  I am the life and the resurrectionの、このIは、Jesus Christを代表するというより、Jesus ChristがIを代表するのである。  ベタニヤ、癩病のシモンの家にイエスがいたとき、ひとりの女が(夢遊病の如く過たず)イエスに近寄り、頭に香油を注ぐ。弟子たちは(口に授けられたように)激怒し、イエスは諭す、イエスが葬られる準備なのだと。十二弟子のひとり、イスカリオテのユダが(夢遊病の如く、糸をひかれたように、イエスの催眠術にかけられたように)祭司長のところへ赴き、イエスを売る。  イエスは(癩病で鼻が崩れていくように)考える、何よりも惨めな被造物は何か!  イエスが世にも珍しい昆虫の如く闖入して今を主張するのは、このイエスが「私」を代表しているからである。ベタニヤ、癩病のシモンの家に疫病の如く人の姿をして潜んでいたのは Jというより、Iである。

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