碧空3205 nautilus1548(究極のスペクタクルに迫る黙示)
3205 nautilus1548(究極のスペクタクルに迫る黙示)
今を主張する硬直(究極の戦慄)が不動を解かないのも、今を主張する日常も、世界の終わりの表現である。ストップ・モーションを解けない硬直はどうやら世界の終わりに直面しているようだし、また一日が始まるのは自乗すると-1であるような水で穴の開いた甕を満たそうとする地獄のELPIS であるし、それにしても世界の終わりは誰もが見たい究極のスペクタクルであるだろうに、その表現はどうしてこうも思いがけなく奇抜なのだろう。
さらにはそれは誰もが聞きたい究極の音響であるだろうから、その楽興表現はどのようなものになるのか。瓦解は耳を聾する大音響なのか沈黙なのか、単にヒトには聞こえない周波数なのか、荘厳な息吹なのか狸囃子の如くなのか、そもそも世界の終わりが崩落や収縮であるというのは疑わしく、世界の終わりのための四重奏曲といった構成や体質はもしかして奇抜なのだろうか。
「私」が思いがけないのは、「私」が麻痺する隠れなさである。J.J.Rousseauを包囲する陰謀と追跡の気配は、究極のスペクタクルに思いがけなく迫る「私」の隠れなさの黙示である。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home