碧空3220 nautilus1563(顔が光るモーゼ3)
3220 nautilus1563(顔が光るモーゼ3)
足を踏み入れて見なければ渡れる道があるかどうか分からない底なし沼のように、モーゼの律法は、朝の光と大きな顔と呼ぶ声の即興的な応答であって、踏み従って見なければ道を示す光かどうか分からない間に合わせの手本に過ぎない。
発語もそうである。一体の種の如きモーゼ、ヤーウェと話した顔が光るモーゼの言葉は、民族の言語であるが、本当に種の夢の痕跡なのかどうかは、その足跡をそれ自体が後れて辿るというように発語して尋ねるしかない。
それは、OLD BEN(「The Bear」W.Faulkner )の足跡をそれ自体が辿るというように透明になっていくMcCaslin少年の追跡の如くである。一体の種の如く追跡するMcCaslinは全身が目でしかなく、あるいは、McCaslinの顔は光る。起こっていることは、他の誰かのことが「私」のことになる魔術的変脱である。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home