碧空3227 nautilus1570(浦島の場合)
3227 nautilus1570(浦島の場合)
メランコリーが顕現するために何かまるで実在!といった自然や「私」の、その躁状態となって姿を消す隠喩の、その隠喩疲労から、疾しさとなって潜伏していたメランコリーは浮上して自然や「私」を覆う。
強迫的な徹底や星座の如き秩序や飽くことのない根気や几帳面な細部や実直といった美徳も躁状態の昇華であるから、種と個が解離しなくなる擬態疲労の如く、突如として躁と鬱が解離しなくなる隠喩疲労から決壊して、深海のようなメランコリーに呑み込まれてしまう。
これは、浦島の面白おかしく海底の三日間が百年の失踪を尋ねる如くである。重苦しいスロー・モーションは時計がひどく遅れているからであるが、一気に百年を通過するのは、突破を阻んではしゃぐように次々と湧き出すかに見える中間点が、解離しない種と個の中間に揮発するのである。中間点が次々と湧き出すかに見えるのは、いつまでも中間にならないことが中間だからである。
それは、他の誰かのことが「私」のことになるのであるが、他の誰かのことになってしまう。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home