Friday, June 28, 2024

碧空3232 nautilus1575(本当の空虚をメランコリーが代理する)

3232 nautilus1575(本当の空虚をメランコリーが代理する)  極寒の網走でゾルゲが焼却されるのを、彼女は小窓から覗いて見守った。  炎があったかそうに上がると、ゾルゲの骸を折り畳んで入れた棺桶が先ずバラバラに焼け落ち、中身がこちらの方へひどくゆっくり倒れて来るので小窓から手を突っ込んで添えたくなるが、口があくばかりで、燃料をもっと足さなくてはとも焦るが、声が出たばかりで自分の声とは思えない。  リヒャルト・ゾルゲとして日本警察に呼び出されることが、ゾルゲの強迫的な脱出の最終身分かどうかは疑わしい。というのも、誰でもないイワン・イワノビッチの、そのロシアの臭気に安らぎはないだろうし、他の誰かのことが「私」のことになるキリストではなく、「私」のことが他の誰かのことになる反キリストになって更に遠く(落下するように)踏み出したかったのである。  義経やElvis が生きている!といった噂が突如として広まるようにではなく、「私」はゾルゲと呼ばれる死体となって他の誰かになる。「私」は、その脱出を見守る。  註 ゾルゲは巣鴨拘置所で処刑されている。網走で焼却されたのは獄死したヴーケリッチである。記憶錯誤や記憶改竄であるが隠喩の如く迫る、この不随意の入れ替わりは興味深い。誰かであることを常同的に回避する衝迫のあまり、ゾルゲと呼ばれる死体と「私」を同じと見なせなくて、まるで他の誰かの死体となってまでも「私」をやり直す、つまり、誰であることも本当の空虚を埋めないがスパイであることとは親和的な回避癖を、その破局まで追跡するのだが、その罪探しの罪をほじくり返して膨れ上がる本当の空虚をメランコリーが代理するのである。

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