碧空3255 nautilus1598(「私」が行くことの検索、階段を降りて来るヌードの検索)
3255 nautilus1598(「私」が行くことの検索、階段を降りて来るヌードの検索)
「私」が行く「ために」野火が上がる(「野火」大岡昇平)、その、目的と原因と場所の区別がおかされた「ために」は、予期である。「私」が行くということは一体どういうことなのか尋ねる検索であるが、「私」が行くことが姿を現わすために立ち昇る野火となって姿を消すのであるから、野火は野火以上の隠喩である。「私」が行くことと野火が上がることは同じではないが、狙い澄ましたように行手に上がる野火が追い詰められた「私」を代表する。それはまるで、思いがけない魂に出くわすかのようだ。
下の方から首まで他の誰かが上がって来る「ために」階段から降りて来るヌードが起こる。階段から降りて来るヌードの検索は、丑の日の丑の刻の誰もいない部屋を呑み込んだ鏡を全身が目になってのぞき込む少女(泉鏡花)や、あるいは清水の舞台から決然と振袖を翻し傘を拡げて飛ぶ少女(鈴木春信)に出食わす。
世界は続く、と同じくらい世界は終わっている。


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