碧空3296 nautilus1639(置き去りにされた日々)
3296 nautilus1639(置き去りにされた日々)
Jesus Christは、「私」の隠喩である如く、日常の隠喩である。「私」は一体の種の如く、一体の個にもならないメランコリーの不眠の限界拡大であるように、日常も不眠で歩き出せば世界は躁状態で続くが、世界が終わっているメランコリーから自由にならない。日常は世界の終わりを打ち消すまでにコピーする憧憬なのである。
日常は予定調和的で、従って実は種の如く霊的な蜃気楼である。一つの世界になるために半分になる!不断の限界拡大であるが、この日常を窃視する密室が宙返りして後れて来る他の誰かとは、一体誰だろうか。
それは、ある朝いつものように家を出て、そのまま行方知れずになるが、実は家からさほど離れていない街の片隅に隠れ棲んで、まるで死後の我家に置き去りにされた妻の日々をのぞき穴から何十年も眺め暮らしてしまう、あの「Wakefield」(N.Hawthorne)の如き密室の宙返りである。Wakefield は置き去りにされた日々を窃視する潜伏と一つに於いて後れて来る他の誰かであるが、それは、置き去りにされた日々に先立つ「私」の位置異常であるし、置き去りにされた日々が光り出す、その本当の持ち主の異常接近である。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home