碧空3299 nautilus1642(もう一人のWakefield の発見)
3299 nautilus1642(もう一人のWakefield の発見)
不眠症と嗜眠症の中間は、個と種の中間であるから、Dracula も、本当の「私」が他の誰かである「Wakefield」(N.Hawthorne)も同じ範疇で、Jesus Christに図らずも迫ろうとするである。
Wakefield が誰でもないまでに誰もいない密室となって、失踪後の置き去りにされた妻がなおもこの世に棲む日々を窃視する落下と幽霊性は、Jesus Christが隣人となって姿を晦ます復活の、その、「私」の位置異常や本当の持ち主の異常接近を尋ねるのである。
窃視する密室は、置き去りにされた日々や言語から自由になろうとして一体の個にもならない。窃視する密室の宙返りは、一人になるために半分になるのであるし、本当の「私」は他の誰かである。百年もの瓦落多や埃や落葉や何だか訳の分からないものが降り積もっている屋根裏部屋に分け入っていくと下の方から首まで屋根裏部屋になっていく、というような変身の、空ろな午後の奥地でハンスがもう一人のハンスを発見するように、「Wakefield 」は、もう一人のWakefield の発見なのである。置き去りにされた日々が光り出すのを、Wakefield は密室となってのぞくが、屋根裏部屋となってハンスがのぞき込む百年もの堆積の、その青い燐光の、その不思議な奥行は、「私」のことが他の誰かのことになるのである。


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