碧空3335 nautilus1678(本当らしさ(擬態))
3335 nautilus1678(本当らしさ(擬態))
恐れは、悪が迫っているが未だ来ていないために悪が迫る方向に遁走してしまう動顛であるし、悔いはもう悪が過ぎ去っているためにどんな遁走も遁走することにならない嘆きであるし、怒りは粉砕しようとするエネルギーを吸収して悪が益々頑固になる動顛である、というふうに悪を打ち消すまでにコピーする憧憬のエラーじみた三つの変形であるが、どの時制に包まれていても偽りを打ち消すまでにコピーする憧憬の変形は、本当らしさ(擬態)である。
その、打ち消すまでにコピーする跳躍の技術は、解離である。つまり、擬態は、擬態であることを知らないし、知らないまでに防衛なのである。
本当らしさのために今を主張する「私」や日常(といった擬態)が安全であるかどうかは、解離にかかっている。しかし、この安全は、本当らしさを脅かす媒体性が暴露しない(剥き出しにならない)この世の安全であって、「私」や分業や言語の限界を不断に拡大するオートマチズムを大地震や戦争や疫病が停止するような、そうした停止を免れるような、この世のものの安全とは何かまるで違う。


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